不老不死を望むなど、100%無駄なこと - 相模原市 相模大野 整体

菅原治療院

不老不死を望むなど、100%無駄なこと

 およそ、この世に生まれて来て、いまだに死ななかった個体など、一つもありません。

地球誕生以来45億年とか言われますが、その間、どのような原始的微生物でも、万物の霊長と言われる人間であっても、必ず死して消滅し、次の世代が誕生するを繰り返して、今の状態にあるのです。私達が、何とかして老いること無く、死することも無い永遠の命をと望んでも、そんな望みなど一切無駄だということは、誰でも観念的には分かっていることです。でも、万が一にも出来ることならと、淡い望みも持つのです。2千年以上も昔、秦の始皇帝が徐福という者を東方に遣わし、不老不死の妙薬を探させたという話も、強大な権力や、無尽蔵の財力をもってしても叶わぬことがあると、思い知らされるのです。

 不老不死など望んでも、100%無駄なことと、知るべきです。しかし、不老不死は叶いませんが、

遅老長寿は、叶うのです。遅老などと言う言葉は、私が勝手に作ったのであり、たぶん今までになかったのではないでしょうか。もしあったらごめんなさい。老化を遅くさせるという意味です。

医学は何のために発達したのかと言うと、不老不死を目指してという人がいます。そういう面は多分にあったと思います。不老不死を目指すことは、別に構いませんが、不老不死を目指してと思って研究、努力をしても、実際は、意識することなく、遅老長寿を目的にしていたのです。これから先、どれだけ医学、科学が発達しても、不老不死など望むことは無理です。実際は、遅老長寿を目指しているんだと、考え方を切り替えることも、必要では無いでしょうか。

 病を得て、あまりの苦しみ、痛みに耐えることができなくなると、「殺してくれー」と叫ぶこともあるようです。人は誰でも死を恐れますが、死ぬこと自体は、痛くも苦しくもありません。生が終わるというだけですから。問題なのは、その生を維持するために、極限の痛みや苦しみに耐えなければならないということです。だから、生など終わっても良いから、早く死を迎えて楽になりたいと望むのです。この場合は、死するということは、苦悩では無く、安楽ということです。

 私たち素人が、安易に、他人や自分の死などを、どうこうするわけにはいきません。死するその直前まで、痛みや苦しみからできるだけ逃れられるようにと望むだけです。そのために、様々な問題がありますが、私のこの一文が、ほんの少しでも参考になり、役に立てればと思っている次第です。

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